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2024年1月 8日 (月)

友人(彼)の墓にバイクで行きたかった理由

彼は、私が体調不良のために一週間遅れで中学に初登校し、もうグループが出来上がっている教室の中で休み時間にポツンとしていたらニコニコと声をかけてくれた最初のやつだ。

以降は中身の濃い家族同様のお付き合いを続けてきたが、中年以降私の腎機能が悪化して本気で食事管理を始めた頃から徐々に交際の間隔が開き近年では年賀はがき程度の音信となった。

その彼から数年ぶりに電話が来て最初の一言が「余命宣告されちゃったよーっ」だった。
そしてこうも告げた「葬式は質素にするのでお前を呼ばないからね」と…「私もそうするつもりだったよ」と応酬してお互い「それが良いよね」と笑った。

当時は新型コロナとインフルエンザが取沙汰されており「闘病中なので会いに来るなよ」と彼、「いかないよ」と私は返事をしたのだが電話のやり取り後に、なんと大型スーパーの中で彼に呼び止められ、お互いにビックリして何年かぶりの再会だった。

距離をとった短い会話の後に分かれその後数回の電話のやり取りは軽快な会話だったが最後となった電話では声に力が無く、その数週間後に電話をしたら数日前に亡くなったと告げられた。

その時が来ても連絡は来ないし法要の日程も知らされないのは承知していたものの、それでも電話に出てくれた家族から納骨の日だけを聞き、その日が過ぎた頃に再度電話をして墓地の名称と墓の区列番地を教えてもらった。

中学で彼と知り合った後にバイクの原付も自動二輪も一緒に取得したのだが、自分が最初に購入したバイクは非力な上に気難しく偏屈な中古格安の原付で高校への通学には雨の日も雪の日も利用したものの長距離は無理なので、二人でのお出かけはもっぱら彼の親の自動二輪で二人乗りが当たり前、運転が疲れたら交代、学生の貧乏旅行にバイクは最適な乗り物だった。

それらを懐かしく思いだしてバイクと私とが彼の墓に行き昔話に花を咲かせた。
帰りのバイクにまたがり背に思い出となった彼を後部席に感じながら帰宅し、持って帰った日本酒で家族を交えて彼と忘年会となった。

花を咲かせたと言えば、彼の墓への道は桜の木のトンネルだった、満開の頃に行って花見でもするか。

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