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2022年8月 1日 (月)

トロッコ問題がいよいよ現実味を帯びてきた

完全自動運転の車を実現するためにどうしても避けて通れない問題の一つがトロッコ問題だと以前より言われていて、サイトを検索するといろいろ解説が出てくる。

私のブログには7年前2015/12/28「命に優先順位は有るの?」で登場し、そこで子供たちとそのトロッコ問題をお遊びで触れてみた。
そしてそれから5年を経過し、子供たちに同じ質問を「命に優先順位は有るの?その後」でして子供たちの成長を感じたとも述べた。
Photo_20220801144401
例えば上の絵でブレーキが効かない場合、あなたはまっすぐ行く?それとも崖を落ちる?
エッ?私の場合?…ウーン…その時には体が勝手に判断するので任せる。

…等と当時は興味本位だったが2022年現在では、いよいよ真剣な議論が必要な時期になったらしい。
議論による多くの人の合意が急がれるのは、現在は運転手付きの自動運転レベル(4)でいろいろテストしているけれど、2024年頃には公道の限られた区域で運転者不在の車が走るようになるそうだ。
見つけた資料には、区域を限定しない運転手不在運航の自動運転レベル(5)による完全自動運転の開始は2030年頃、と記載してあり約8年先だ。

来年のことすら分からない私が、鬼の笑いをしり目に今から8年も先のことを考えてもしょせん妄想の世界だが、何故か楽しい考えばかり浮かんでワクワクする。

2030年吉日、高価だろうけれど人生最後の贅沢と二人乗りの小さな自動運転車を買う。
その頃の考えられる我が家の最大人数なのでそれで十分だろう。
自動運転では車同士が通信網でコミュニケーションをしているので、車同士の衝突事故は略ゼロとなり、小型でも当たり負けの心配は無い。

大きさは二人乗りスクーターの幅をチョイ広くした程度なので、狭い道もスイスイと走り、交通全体が管理されているので渋滞も無く、かかる時間も略予定の通りだろう。
電車も利用する場合は、その車が駅まで送ってくれて私を降ろして、車は勝手に家に帰り、私が帰宅時は駅まで迎えに来てくれる。

買い物に行っても店の前で私を降ろしたら車は近くの駐車場に行き、呼んだら駐車料金まで自ら払い迎えに来る?
それに地理音痴の私でも道に迷うことが無いし、更に酔って眠っていても我が家の玄関横づけだ…ななっナントまるでドラえもんの何処でもドアのような乗り物なのだ。

そんな時代が早く来ないかな~…なんてにやにやしていたら突然我に返った。
まてよ、完全自動運転が実現するまで私が元気だったとしても腎不全のままでは今までの通り外食もままならない。
これでは、車で旅行に出かけることができず、せいぜい買い物の手伝い程度なので、次の車検をどうしようかと考慮中の現状と変わらない。

と言うことは、完全自動運転車の私への恩恵は…運転の心配なく酒が飲める…だけ?
それだけならタクシーか運転代行で十分だ。
妄想は打ち上げ花火の様にきらびやかに開いてすぐに消えて行くのでした。
悲しい(ノ_-。)グスン

再生医療はどうなっているのか、ちょっと調べてみよう。
\_へ(0_0。) パタパタ

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