« コロナと食材の買い物 | トップページ | 2020年大晦日 »

2020年12月28日 (月)

介護も人それぞれ

ニュースを見ていたらヤングケアラーの環境が深刻だと述べていた。
家族にケアを要する人がいる場合に、家事や家族の世話、介護、感情面のサポートなどを行っている18歳未満の子どもを指すとTVニュースで述べていたが、成長盛りの子供が介護に多くの時間を割かれるのは確かに大変だ。

その他にも介護する人とされる人の関係を表す名称で私が思いつくのは、
・老老介護、65歳以上の高齢者を同じく65歳以上の高齢者が介護している状態。
・認認介護、高齢の認知症患者の介護を認知症である高齢の家族が行う状態。
等高齢者の介護に関する呼び方だ。

その他にも私の若い頃に、嫁と義父母に関しての問題に関する話をよく見聞きしたが、当時は嫁が義父母の老後の世話をするのは当然と思われていたからか、嫁姑介護、とかの表現はされていなかった。
それら私の思いついた名称は、いずれも介護する側の苦労を連想する名称だ。

介護する人とされる人の状態により介護の環境は大いに違うが、私の親への介護の場合は、私にとっては自分の介護?だけでも煩わしいので、更に病気の親の介護を担うのは心身共に多くのエネルギーが必要だったのかと問われると答えは、私自身へのケアの苦労と比較すると親の介護のほうがむしろ楽だった。

例えば昼夜を問わない三時間に一度の介護。
当時私は慢性腎不全で外食もままならず現役を退いており、殆ど家にいたので仕事に比べて昼間の介護が大変だったとの記憶はなかった。
そして夜間の三時間ごとの介護、普通の方なら大変だが、私自身その程度以上の回数を夜間トイレに行っているので、そのついでに介護すればよかったので私にとってそれほど苦労ではなかった。

そして食事のこと。
親は自分なりの健康的食事哲学を持ちそれをかたくなに望んでいて、栄養面でその望みのままでよいのかとの迷いはあったものの、朝と昼の食事はその望みの通りに準備すればよかったので、もともと自分で用意していた自分の食事のような、グラム単位での計量も成分管理の必要もなく、親の食事準備は相対的にとても楽に思えた。

その代わりといっては表現がおかしいが、夕食には栄養もボリュームもたっぷりな料理を家族が作ってくれてそれを食べてもらい、朝昼では足りないと思われる食材の挽回をすることとした。
親は三食美味しいと食べてくれ、家族の介護に感謝の言葉を口にしてくれたが、介護される側にはそれなりの苦しみや忍耐があったと思う。

私の話になるが、しばらく安定していた不整脈(頻脈?)の発症が最近再び増えてきた。
昼間に頻脈が発症したので血圧の測定をすると、上170 下110 脈拍110回/分で、私にとっては経験の覚えがない超高血圧だった。

その不整脈が終わると血圧は正常値に戻ったものの夜間再び発症。
不整脈による頻尿のため、収まるまでの間に何度もトイレに行くのだが、今度は不整脈と共に軽い眩暈も伴ったので、心臓が止まるのか、不整脈で脳の血管に血栓が詰まるのか、はたまた血圧で血管が切れるのか等々、毎度のことながら様々な不安が脳をよぎった。

前回の健診結果が思わしくなかったこともあり、明るく介護される工夫をそろそろ考えておこうと思はされる年末となった。

早いもので今年最後の週になったが、この上にコロナにならないように、年末年始は家の中でのんびりと、毎年楽しみの数の子をコリコリしながらインターネット動画でも見るとしよう。

皆様には良い年末で有りますように。

« コロナと食材の買い物 | トップページ | 2020年大晦日 »

心と体」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« コロナと食材の買い物 | トップページ | 2020年大晦日 »

無料ブログはココログ