カラスとゴミ袋
先日道を歩いていたら集荷を待つ(生?)ゴミが入った袋をカラスがくちばしで破いていた。
私がそれに気づき、そちらを見ながら足を止めるとカラスも動作を止めた。
カラスの横顔しか見えなかったが、たぶんカラスはその片目で私の次の行動をうかがっているのだろう。
我が家の近所でも生ごみが散らかされて困った時期があった。
場所は違えどバッチリ現行犯のカラスを睨みつけどのように追い払うかと考えて動かないでいたら、カラスも動かない、そんな状態を数秒続けていたら妙に懐かしい情景を思い出してしまった。
まだ子供がいたずら盛りの幼い頃、障子の脇で子供が楽しそうに何かをしているので様子を見ると、障子に指を突っ込んで穴をあけていて、ぶすっと穴が開くと勝ち誇ったような嬉しい顔をしていた。
楽しい気持ちは理解できるがこれはやめさせなければと、「ダメっ、めーよっ」とか言って注意すると、その時はやめたのだが、私がよそ見してから再び視線を戻すと穴の数が増えている。
でも、子供は何もしていません、みたいな顔をしてこちらを見ている。
そんな出来事を思い出してしまったからか、ゴミ袋から離れないで私を見ているカラスの様子が何となく、ほほえましく思えてしまった。
カラスが袋を破る行為を、いつもは許せないが今日は戦意喪失、私が立ち去ろうと動くとカラスは自らさっと飛びたち電信柱の上にとまり、ここまで来てみろと言いたげにカーと鳴いた。
ハイハイあんたの勝ち、またネとその場を去った。
ところで障子を破いた子供の話だが、意外な顛末があった。
何度注意してもその時はやめるが、日に日に少しずつ破れている箇所が増えていくので、張り替えてもまたやられるだろうと思うものの新年が近く、やはり張り替えなければならないと腹をくくった。
張り替えの準備を開始したが「その前にはがさなければ…そうだ子供にやらせよう」と早速子供を呼び「めちゃめちゃに破いてよいよ」というとキャーキャー喜びながら、バリバリぶすぶす、もちろん私も一緒にトリャーッ!
紙がほとんど剥がれたので、次はこれも子供と一緒に糊を塗ったり新しい紙を貼ったり、何とか障子の張り替えが終わった。
どこも破れていない真っ白な障子を子供は感慨深げに見上げ、不思議なことに子供はそれから一切障子に穴を開けなくなった。
叱るだけが躾ではないのだな…とその時は分かったつもりだったのだが…なかなかね…短気なもので。
ところで、カラスの話をすると頭の中のBGMとして流れるのは童謡の「七つの子」。
サン ハイッ /^o^)/♪カーラあスー♪何故啼くのー♪…で始まるやつだが、子供が小さいときに子守歌としてよく歌わされ、今でも私の脳ではカラスの条件反射となっているようだ。
でも子守歌を歌う度に、分かりやすい言葉だが内容がよくわからない歌詞だと思っていたのだがその感覚は私だけではないようだ。
調べると野口雨情の作詞でそもそも「七つの子」って何?七羽の子?七歳の子?それ以外?と議論は尽きないようだ。
野口雨情の童謡にはそれ以外にも「赤い靴」「青い眼の人形」「証城寺の狸囃子」「こがね虫」「雨降りお月さん」等々、皆私が子供の頃から親しんできた童謡だが、いずれも摩訶不思議な歌詞だ。
ゴミ袋を前にしているカラスを見ただけでそれが様々な記憶と共鳴するなんて…
秋だから?人生の…
d(*@o@*)アレッ? 紅葉と言って思い出す童謡は…
モーイイッヽ(`⌒´)ノ
との声が聞こえるようなので…
m(*@_@*)v マタライシュウ
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