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2020年6月22日 (月)

自粛緩和になって

私にも学生時代は有った、当たり前だが。
既にバイクの免許を取得していたのだが自分のバイクは無く、学生の分際なので買う金も無かった。
所が、既にバイクに乗っている悪友から、きわめて個性的な(エンジンスタートがとてもデリケート、もたもた走っているとすぐにかぶる)買い手のつかない中古原付バイクを小遣いの範囲で構わないので購入してもらえないかとの紹介が有ったが、父に相談すると大反対を食らってしまった。

話は変わって同じ頃だったある日、同じ悪友からスキューバダイビングの講習会に行こうと誘われた。
当時はダイビングをするにあたってのこの講習は必須ではなかったが、河でも海でも泳ぐのが大好きだった私は、エアボンベ(タンク)を背負っての海底巡りにはとても興味が有った。
ただスキューバダイビングには安全のためにペア潜水が必要と言われていて、その相手探しが億劫だったので丁度良いと誘いにのって講習を受けた。
所が最後の海での講習を終えて帰宅すると、それを聞いた悪友の父からダイビングへの猛反対に合ってしまった。

親によって反対する内容が見事に逆なのだ。
私の父のバイク反対の言い分は、とても危険な乗り物との認識で、特にその頃はカミナリ族との悪名が紙面をにぎわしていたからだ。
ただ父にはバイクに乗った経験は無かった、しかし、ダイビングには反対をしなかった。
父は子供の頃から河童で、流れの早い河で流されない為に重い石を抱いて潜り、深い川底を歩いて遊んでいたので、エアタンクを背負って潜るのだから安心と考えたようだ。

しかし悪友の父のダイビングへの反対理由は、
悪友は泳げるがその父はまったく泳げず、水深が自分の臍より深い所には絶対に行かないそうで、まして潜るなんて死にに行くようなものだ…と。
バイクは悪友の父も移動手段として使っているので、自分の子供がバイクに乗っていても日常の事だった。

そんな昔話をしたのには理由がある。
自粛緩和で徐々に皆出かけるようになると地縛霊となりつつある私の1日には静けさがもどってきたが、家族から従来の毎日の電車利用をやめて自転車を使用すると決めたと告げられた時だ。
それに反対はしなかったものの、事故への不安からそれを無条件に勧める気にはなれなかった。
自転車の粗暴運転や巻き込まれ事故が取り沙汰されている昨今、信号を守つて…急がないで…等々家族にくどくど告げているうちに、バイクに乗ろうとする私の心配をしてくれた父の事を思い出し、口をつぐんでしまった。
当時は、親は知らないから怖がったので、自分が人から意見を求められた時は、もっと客観的な理由で賛成反対をしたいものだ…
…とその時は分かったようなつもりでいたのだが立場が入れ替わると、その便利性以上に心配が先に出てしまい、少し反省をした。

所で、親に反対されたダイビングとバイクはどうしたかと言うと、悪友は素直に親の忠告に従いスキューバダイビングを諦める良い子でした。
私はと言うと、親の制止を無視してバイクを買う悪い子でした。
…と言う事は…彼にとって私の方が悪友だったことになる。

自転車利用は便利だけではなくコロナ対策も鑑みてのことだが、家族の事故への心配だけでなく、外出頻度が増してくると新型コロナの治療薬やワクチンが確保されるまで当分心配も続くだろう。
そんな訳で、最近推奨された接触確認アプリとやらをダウンロードしてみて、良ければ家族にも勧めようとしたのだがダウンロード出来なかった。

ストアの店員に確認すると私のスマホもOSも古過ぎで、アプリが対応していないとの事だった。
そのためのスマホの買い変えはもったいないし、どのみち他人と接触する事は稀だし…とそのアプリの使用は諦めたのだが、国から見捨てられた気分だ。

こうして私と世間とのかかわりは徐々に薄れていくのだが、それも人生の通り道と受け入れてしまっている。
前回のブログでコロナから奇跡をもらえたらなんて呑気な自問をしてみたが、未だに答えが見つからない。
私に必要な翼は、体にではなく心に着ける翼だったようだ。

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