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2016年9月10日 (土)

臨終宗教師

先日、穏やかなその時を迎えるために、余命が尽きるまで付き添ってくれる臨床宗教師が常駐する病院が有る、との放送をしていた。
その放送で臨床宗教師は、死に対処するための叡智を与える事よりも、死を迎えている人の思いを聴く事が主な役割だと語っていた。

この問題を一般論で考えると深く重い課題になってしまうので、この事態をアサハカな自分に当てはめて、アサハカな自分が妄想してみた。

ベッドの上で少しずつ戻ってきた私の意識と視界。
「ここは…?…そうだ、病院に担ぎ込まれたんだっけ」
「おや、誰かが私を覗き込んでいる」
「あれ?…この人?…坊さん???」
「あ~ん、私は死んだんだ~」
「ここは??天国?それとも地獄?」
と声を出すと、目の前に忘れる事の出来ない家族の顔が突然現れ私に聞いてきた。
「私達の顔が分かるでしょ。どっちなの?」
わたしは
「……てっ…て、天国です」
ナム~(-ノ_- )/゙U チ~ン

大昔に聞いて苦笑いをしたブラック系のジョークを私が無断で玉虫色にアレンジした話だが、こんな軽口で話題をそらしている私にも死は必ず訪れる。
しかし、以前のブログ「あの世って有るの?」で述べた通り、死ぬ時に死を考えよう、とこの課題を先送りしている。
神を軽んじてきた私の人生、今さら神頼みをするのは…気がひけるし。

科学での死後の世界の話はマイナーだが、その世界を真正面から捉えてくれるのは宗教だろう。
余命を告げられ、死を目前にして、その臨終宗教師に思いを告げ、死の苦から解放されてその時を迎えられればそれは一つの悟りだろうし、臨終宗教師にとっても本願の一つの達成なのだろう。

私がもしその時に、そのように死を迎えたいと思えたならば、それは私の最後の進化なのかもしれない。
)/゙U チ~ン

いつの間にか、夜に聞こえていた蝉の声はかすれ、秋を告げる虫の声に主役をゆずっていた。
過ぎてみればあっという間、人生うたかた(泡沫)の夢とはよく言ったものだ…と実感できる歳になったようだ。
゙U チ~ン

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