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2015年7月24日 (金)

食べる罪悪感

私は生きている物を殺生して食べる事に関し、罪悪感の様な思いを感じてはいるが、食べる事への幸福感の方がはるかに勝っている。
( ^.^)_U" ノンデ ∥(^し^? タベテ

以前iPS細胞から精子と卵子を作り、そこから子牛一頭が生まれ育っていると言う記事を見かけたが、たとえそのように牛が生まれたとしても、殺生する時の罪悪感は変わらない。
それが、現在では牛肉の幹細胞を培養し肉の塊を作る事が出来、ハンバーグ一個分の肉の原価が数千円程度で味もそれなりのようだ。

これなら成長した牛を食べる罪悪感から解放されるな~と思ったがまてまて。
よく考えると細胞レベルで必死に生きようとしている生物を食べていることには変わりがないではないか。
それなら植物だけ食べるのはどうだ、と言ったら、我々も生物だと植物が怒るだろう。

生命を食べる罪悪感から逃れるためには、無機物を化学反応させて必要な成分を作り、3Dプリンタでそれっぽく造形したり味付けしたり、もっと簡単に錠剤やドリンクにしたりして栄養を摂取できるようになれば良いのだ。

それは良い考えだ…が…しかしこれも待て、それが普通になったら、家畜にしろ野菜にしろ、人によって守られて飼育や栽培されてきた生物は自然界では生きられないのでほぼ絶滅する事になる。
その種の生物に「食べられることが分かっていても生れたいか?」とマイクを向けて、仮に回答してもらっても、何を言っているか分からない。
それでは、生まれる前の自分に「あなたは様々な原因で必ず死ぬが、生まれたいか?」問うてみた。

う~ん……生まれる前にこう質問されると、私も食肉用家畜も似たような境遇に思える。

昔々親が私に「お腹の中にいる時に、生まれたいかと聞いたら、ハイと答えたからオマエを生んだのだ」と真面目な顔をして言っていたので、私の答えは「それでも生れたい」なのだろう。

生物とは正に生きる物、どの様にして死を迎えるかは重要でなく、生きただけで満点と言う事か…。
(;^_^A ゲンジョウ イジデ ヨカッタ

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