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2013年7月14日 (日)

生死が選択できる時代

最近、私の腎臓を私の細胞から作ってもらえるかもしれないと言う期待が持てるようになってきた。
そう感じるようになったのは、次々に新技術が報じられているからだ。

例えば、iPS細胞で網膜色素上皮細胞のシートを作り、人の眼に移植する事を厚生労働省が許可したとのニュースが先日流れた。
今回許可された移植は、移植後にその細胞が他の細胞に変化しないか等、安全性の確認が主目的で、治療としてはまだ入り口の段階との事だ。

網膜以外でのシート状の細胞による治療効果は、心臓筋力の補完などでは既に成果が上がっているようなので、網膜が原因での光を識別できなくなった人にとっては、正に光明を感じるニュースだったに違いない。

一方、複雑な組織をもつ臓器では、ヒトiPS細胞で3D肝臓作成とか腎臓の基の作成に成功等とのニュースも流れている。
完全な形になるにはまだ15年~25年先と言う説もあるが、若い人にとっては確実に射程距離に入ったと言える。
ただ、現状のヒトiPS細胞での臓器作成には、他の生物に依存するプロセスがあるので、常に安全面や倫理面での議論が付いて回るだろう。

自分の細胞を培養液内で、組織別に分化して増殖させ、3Dプリンターで作り上げるような、ドライな方法での臓器作りが出来れば、倫理的問題はクリアできそうだとも考えたが、丸ごと一人の人間を作ってしまったら「スゴ~イ」では済まないだろう。

いずれにしろ、悪くなった臓器を次々と交換して命を繋ぐ時代が目の前にあるのは確実なようだ。
疾病も老化も死も克服する世界の実現も夢物語ではなくなったように見える一方、死ぬように設計され繁栄している人類にとって、それがユートピアなのか私には分からない。

しかし「吾唯足知」も叡智なら、今を生き抜く事に全力をあげるのも生物としての人の義務だろうとも思える。
なにはともあれ、選択を出来るようになった時代になった事は、私にとっては幸せと考えるべきだろう。

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